九重出版

黒田みのる先生について

心霊漫画の道はくたびれるけど
美しいね

―黒田みのる―

黒田みのる氏は怪奇漫画を描かせたら随一といわれた漫画家である。今やジャパニーズ・ホラーという言葉があるほど、日本のホラー漫画や映画、小説は認知されているが、氏が怪奇漫画を描きはじめた時代は、怪奇という言葉自体が、ある意味さげすまれた時代であったが故に漫画家としてのスタートから、いろんなレッテルとジレンマの中で創作してきたのだった。

しかし、昭和47年(1972年)に発表した「幽界・霊界・神界」が少女誌に掲載され状況が変わった。この作品は当時、異例の人気を博した。黒田氏が心霊漫画という新しいジャンルを切り開いたパイオニアといわれる所以はここからスタートする。

氏は作品を描く上で徹底的な心霊世界の研究を行ったことでも知られる。そして、その研究は自身が思ってもいなかった方向に誘うことになった。

昭和56年(1981年)「死霊復活」という単行本が大反響を呼び、80年代の心霊ブームの先駆けとなった。そして作品だけでなく自身にも注目が集まり、請われれば講演会、テレビ、雑誌などに登場し、心霊世界の研究の中で発見した見えない世界のメカニズムとこの世の深い係わりについて語った。イベントをすれば沢山の人が集まる中で、黒田氏は新たなジレンマを抱えることになった。

心霊漫画を軸に描こうとする内容について、出版社からの制約が多くなったのである。当時、作品の人気が高まる一方で、「教祖になった漫画家」と揶揄され、ある偏見とレッテルの中で表現の制約を受けることが多くなっていったのだ。自身は一団体の啓蒙運動をするという思いは毛頭なかったが、心霊世界を軸に作品を描くには難しい状況になっていた。

そのような時、「黒田セオリーを中心に出版する新しい出版社を創りたい」という申し出があり、心霊世界を軸により自由闊達に表現できる場を得るために黒田氏はこれを受け入れた。またこの新しい出版社の立ち上げにも参画する決断をした。これが後の九重出版となったのである。

このことでさらに自由な発表の場を得て、昭和62年(1987年)「霊魂の旅」という文章本を発表し、輪廻のシステムが何のためにあるかというテーマを明解に披露した。その3年後には『人生を左右する幽体の謎に挑む』という黒田氏ならではのテーマを扱った「幽体の舟」を上梓する。

このような中にあって、研究は心霊世界から神霊世界へとさらに深く進んでいった。そして平成3年(1991年)に、満を持して宗教にも科学にも納まりきれない領域となる、見えない世界と見える世界とダブってある『巨大な流れ』を発表することを試みた「霊物質人類紀(上・下巻)」が発刊された。

また九重出版では新たな試みが始まっていた。見えない世界と見える世界の法則を、アイ200という会員になって誰もがわかりやすく知ることができる月刊誌を発刊していくというものだ。この月刊誌『アイ』は黒田氏監修のもとで発刊していったが、これが後に全国各地から読者が集まることとなったアイ200イベントが開催される動きとなっていった。

特にイベントの名物となった氏の講演会は活況を呈し、多くの若者が集まってくるその動向にメディアからの取材も来るようになり、アイ200も注目を浴びることになった。そして黒田氏の存在は最早、周囲からは漫画家としてだけではない目を向けられるようになっていた。

しかしこの時期、氏は漫画家としての活動をさらに精力的に行い、心霊漫画作品をレディース雑誌という舞台に登場させ、数多く発表をしていった。16ページものの読み切り連載を毎月発表し、見えない世界に影響されて生きている主人公たちが吐露する生々しい感情に、多くの女性読者はストレートに反応した。

また、別のレディース雑誌に掲載された作品では、結末が読者の物議をかもした。編集部は急きょ、黒田氏にこの作品に関するインタビューを行い、あわせて同タイトルでラスト4ページのストーリー展開を変え結末が異なる作品を発表し、愛するということを読者に問うという、異例の事態になった作品「パープルデート」が誕生したのもこの頃である。

40ページのうちラスト14ページのみセリフがあるが、あとはセリフがなくストーリーを詩情溢れるタッチで展開させていった意欲作「ブルーリレー」、最愛の人を失った時、人は何を感じるのか。また、亡くなった人は何を思うのか憑依現象を通して、人間の生と死への激しい想いを描いた「さらば憑霊よ」など、40ページものの読み切り連載も立て続けに発表した。

 

そして、いよいよこれから九重出版から多くの文章作品を発表というとき、黒田氏は目の病に倒れてしまった。黒田氏は病の中で「三色の言葉」という語録選を4巻出版している。心霊世界を通して常に人間そのものを見続けた黒田氏が発する言葉は、人間について自ら問うてみたくなる力を持っていたのだった。

その後、残念なことに黒田氏は漫画家としての筆を置くことになったが、その直前に発表された氏の作品群は、心霊現象のさらに奥にある人間の姿を通し、人間の哀しみを情感豊かに描き上げていた。氏が描き続けてきた心霊漫画は円熟期を迎えていたと言えるだろう。これら作品群は未だ単行本化されていない。しかし発表から約30年たった今、ようやくこの黒田作品が九重出版から単行本化されることとなった。

人間の生と死に目を凝らし、そしてその奥を見ようと歩いてきた黒田氏はどこまでも人間くさい。氏が心霊の世界から凝視し続けた人間そのものを、読者の皆様もご覧になられることになると思う。

(本文章は「陽が西から昇るとも」の出版の時に寄稿していただいたものを掲載しております)

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